不気味な家

ある地方の古い集落に、「誰も住んでいない家」と呼ばれる家があった。築百年以上、瓦は崩れ、窓は割れ、風が吹けば軋む音が谷に響く。その家のことを、村人は決して話題にしない。ただ一つの言い伝えを除いて。
「夜中の三時にその家の前を通ると、窓から誰かが覗いている。」
それを聞いて育った青年・尚人は、都会から戻ったある冬の夜、噂を試そうとその家へ向かった。深夜三時。吐く息は白く、懐中電灯の光が古い木の扉を照らす。風は止まり、村全体が息を潜めたようだった。
尚人が家の前に立った瞬間、二階の窓に確かに“何か”がいた。顔とも影とも言えぬ、人の形をした何かが、じっとこちらを見下ろしていた。
驚きよりも興奮が勝り、尚人は写真を撮ろうとスマホを構えた。だが、画面に映るその家には、窓も影もなかった。不可解に思いながら顔を上げると、今度は一階の窓に“それ”がいた。
そして、窓が音もなくゆっくりと開いた。
そこから出てきたのは、形だけは人間に見える“もの”だった。皮膚は青黒く、目も口もなく、ただこちらに向かって手を伸ばしていた。
尚人は叫びながら走った。後ろを振り返らず、村外れの自宅まで戻ると玄関を施錠し、朝まで震えていた。
翌朝、村に住む祖母にその話をすると、彼女は蒼白になって言った。
「…あんた、あの家の“窓”が開くの、見たのかい? あれはね、誰かを迎えに来る合図なんだよ…」
尚人はその日の夕方、原因不明の高熱を出し、二日後に静かに息を引き取った。
家族が気づいたのは、彼の部屋の窓が、内側から開いていたということだけだった。

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